松江地方裁判所浜田支部 昭和51年(ワ)1号 判決 1978年10月04日
主文
被告は原告に対し金四八一万八九二二円及び内金四四一万八九二二円に対する昭和五一年二月三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを四分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立
一 原告
1 被告は原告に対し金一八二三万八〇〇〇円及び内金一六六三万八〇〇〇円に対する昭和五一年二月三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告は昭和四九年三月一七日浜田市殿町八三番地先国道上において、被告の運転する乗用自動車と衝突し、傷害を受けた。
2 責任原因
(1) 右事故の原因は被告の飲酒運転による注意力の散漫と前方不注視の過失による。
(2) 被告は右自動車を自己の運行の用に供するものである。
3 損害
(1) 治療費 金一四万五〇〇〇円
原告は右事故により腰部打撲及び捻挫、左膝打撲及び腰椎椎間板損傷の傷害を受け、左の治療費の負担をした。
<1> 昭和四九年三月一八日から同月二二日まで国立浜田病院に通院 治療費金九〇三〇円
<2> 同月二二日から同年四月一一日まで中村整形外科医院に通院 治療費金二万〇八六〇円
<3> 同月一一日から同年五月二八日まで水上整骨院に通院治療費金一二万五五四〇円
<4> 同月二九日から同年六月一八日まで半田外科医院に入院 治療費金一五万七八六〇円
<5> 同月二〇日から同年七月一四日まで半田外科医院に通院し、同月一五日から同年九月二八日まで同病院に入院治療費金四〇万円
<6> 同月二二日から同年一二月三〇日まで宮川整骨院に通院 治療費金七万九〇〇〇円
<7> 昭和五〇年一月一三日から同年一一月一九日まで宮川整骨院に通院 治療費金六万六〇〇〇円
右合計金八五万八二九〇円のうち右<1>ないし<5>の治療費合計金七一万三二九〇円は被告が支払をし、残額金一四万五〇〇〇円は原告が支出した。なお、右<1>ないし<5>の治療中の交通費等金九八二〇円については被告から支払を受けた。
(2) 逸失利益 金一一四九万三〇〇〇円
<1> 原告は漁船員として年間少くとも金一六三万円の収入を得ていたが、昭和四九年三月一七日から昭和五〇年末日まで右治療に専念し全く稼働することができず、そのため昭和四九年中は金一二二万二五〇〇円(1,630,000円×9/12)、昭和五〇年は金一六三万円、合計金二八五万二五〇〇円の得べかりし収入を失つた。内金九四万四八二八円が被告から支払われたので、残額金一九〇万七〇〇〇円が未払である。
<2> 原告は前記のとおり約二年間治療につとめたが、腰椎椎間板変性症及び左根性座骨神経痛の後遺症を残した。このため原告は三五パーセントの労働能力を喪失したので、昭和五一年から就労可能な六七歳までの二七年間に喪失する収入の現価をホフマン方式により計算すると、金九五八万六〇〇〇円(1,630,000円×0.35×16.8044)となる。
(3) 慰藉料 金五〇〇万円
原告は二年にわたる入通院治療をしたが、右後遺症を残したうえ、漁船員の職を失い、事実上将来にわたり失職状況となる。その他前記請求治療費以外の治療費、入院中の雑費、通院タクシー代合計約金一〇万円を支出している。以上の損失、苦痛を慰藉するには金五〇〇万円を以て多しとしない。
(4) 弁護士費用 金一六〇万円
右損害額の約一割にあたる金一六〇万円
4 よつて、原告は被告に対し不法行為又は自賠法三条により右合計金一八二三万八〇〇〇円及び内弁護士費用金一六〇万円を除いた金一六六三万八〇〇〇円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年二月三日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 同1の事実は認める。
2 同2(1)のうち、本件事故が被告の過失によつて発生したこと及び同2(2)の事実は認める。
3 同3(1)のうち、原告が本件事故により左膝打撲の傷害を受けたことは認めるが、その余の傷害を受けたことは否認する。原告主張の入通院のうち、<1>、<2>が本件事故による傷害の治療のための通院であることは認めるが、<3>ないし<5>が本件事故と因果関係があることは否認する。<6>、<7>の通院の事実は不知。仮に通院したとしても、右因果関係を否認する。被告が原告主張の金額を支払つたことは認める。
同3(2)<1>のうち、原告が治療のため稼働できなかつたことは認めるが、腰部疾患等は本件事故に起因せず、本件事故と因果関係のある休業期間は昭和四九年四月一一日(中村整形外科医院の通院が完了したとき)まで、もしくはその後相当とみられる一か月程度の療養期間に限定すべきである。又この訴訟により得られる所得は非課税なので、年収金一六三万円ではなく金一一九万七二〇〇円を基礎とすべきである。被告が原告主張の金額を支払つたことは認める。
同3(2)<2>は否認する。腰椎椎間板ヘルニアはわずかな外力で生じ、痛みはその直後に発生するか、原告の場合本件事故後約三週間経過して腰痛を訴えたものであり、本件事故に起因しない。
同3(3)は争う。
三 抗弁
1 過失相殺
原告は、国立浜田病院に通院中、腰部の治療も求めようとしたところ、これは本件事故と関係がないとの判断がでそうなので中村整形外科医院に転院し、同医院で保険証の持参を指示されるや、再び転院した。その後半田外科医院に入通院したが、昭和四九年七月末頃同医院で腰部検査を勧められたがこれに応じず、同年一一月国立浜田病院で検査日を予定されても、原告はこれも受けなかつた。
原告は右のように医師の指示に従つて治療に専念しなかつたところに過失があり、これにより治療が遅れた。
2 損益相殺
被告は前記のとおり因果関係のない治療費及び逸失利益について支払つているのでこれについて損益相殺がなされるべきである。
四 抗弁に対する答弁
1 同1のうち、被告主張の検査を受けなかつたことは認めるが、その余は争う。検査及びそれに基く治療を受けても、症状が必ず消失したり軽快したりするものではない。
2 同2のうち、被告主張の金額の支払は認める。
第三立証〔略〕
理由
一 事故の発生及び責任原因
請求原因1の事実及び本件事故が被告の過失によつて発生したことは当事者間に争いがない。
二 損害
1 治療費
(1) 原告が本件事故により左膝打撲の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。
そこで、原告が本件事故により腰部打撲及び捻挫、腰椎椎間板損傷の傷害を受けたかについて判断する。
成立に争いがない甲第二ないし第四号証、第一二号証、第一四ないし第一六号証、乙第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第七号証、第八号証の二、原本の存在及び成立に争いがない乙第二〇、第二二号証の各一ないし三、第二一、第二三号証の各一ないし四、証人芝シヅエ、同吉田勝一、同宮川嘉市、同水上肇、同半田貢雪、同中村博光の各証言及び原告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く)ならびに鑑定人山根実の鑑定の結果を総合すると、原告は昭和四九年三月一七日午後一一時頃軽四輪乗用自動車を運転して直進中、時速約二〇キロメートルで急に右折した被告運転の普通乗用自動車に自車の右前部を右横側から衝突され、特に左膝を強く打つたが、直ちに車から降りて被告車のところに行つた後、走つて近くの警察署に事故の発生を報告し、同日国立浜田病院で応急手当を受け、翌一八日から同月二二日まで同病院で通院治療を受けたが、同病院では安静加療約一週間を要する両膝部及び右肘部打撲、頭部打撲と診断されたこと、同月二二日原告の都合により中村整形外科医院に転院し、同医院医師中村博光に対し左膝の痛みを訴え、同膝の治療を受けていたところ、同年四月一一日初めて腰痛を訴えたが、同医師から「それは外傷によるものではない。」とか「保険証を持つてきなさい。事故によるものであれば保険で診察しよう。」と言われたので、怒つて同医院への通院をやめ、かつて肩痛の治療を受けたことのある水上整骨院に入院し、同整骨院の接骨業水上肇は原告に対する問診及び触診により左膝及び左臀部打撲症、腰部捻挫ならびに根性座骨神経痛と診断し、原告に他の病院でレントゲン撮影を受けるように勧めたが、原告はこれに従わず、同整骨院で同年五月二八日まで入院加療を受け、同月二九日からは右整骨院の紹介により半田外科医院に入院し、同医院医師半田貢雪はレントゲン撮影、大腿及び下肢の計測、圧痛点の診察等により腰部打撲及び捻挫、左膝打撲、腰椎椎間板損傷と診断したが、右腰椎椎間板損傷については第四と第五の間の椎間板が狭いところから何らかの損傷があつたのではないかと推測したにすぎないこと、そして同年六月一八日まで入院治療をし、同月二〇日から同年七月一四日まで通院治療、翌一五日から同年九月二八日まで再び入院治療をしたこと、同医師は原告の症状が重いので、国立浜田病院で精密検査を受けるように勧めたが、原告は理由もなくこれに従わず、同医師に内密に宮川調整療院に通院してマツサージ治療を受けたこと、原告は現在腰椎椎間板変性症及び左根性座骨神経痛の症状があり、これにより疼痛に基く腰椎の運動制限及び左下肢に疼痛等の神経症状ならびに軽度の跛行があり、これは腰部椎間板ヘルニアにより発生したものであり、右椎間板ヘルニアは一般に一回の外傷のみではなく、種々の原因で椎間板が変性ないし脱出する基盤が作られ、そこに大なり小なりの外力が加わり症状が顕性化し、その際多くは腰痛があること、原告は一五、六歳頃から船員として働き、昭和三八年から本件事故までは有限会社吉勝漁業で漁船員としてほとんど欠勤することなく稼働していたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は前記証拠に対比して信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によると、本件事故直後は原告主張の傷害のうち左膝打撲による症状だけがあり、同打撲による症状は遅くとも同年四月一一日頃には治癒したが、その頃何らかの拍子に椎間板ヘルニアによる腰椎椎間板変性症及び左根性座骨神経痛が発現し、同症状が現在まで継続していると認めるのが相当である。そして右症状は事故後約二五日も経過して発現しているうえ、椎間板ヘルニアは前記のようにそれが発症するにはそれだけの基盤があり、軽微な外力によつても発現することに照らすと、本件事故が直ちに右発症の直接の原因であるとは断定しえないけれども、原告は前記のような態様で衝突され、特に左膝を強く打つたが、腰部にも相当な力が作用して腰椎椎間板に悪影響があつたと推測することができ、一方原告は本件事故前は漁船員として稼働しており、当時既に原告の腰椎椎間板が非常に変性ないし脱出しやすい状態になつていたことや漁船員の多くが腰部椎間板ヘルニアになることを認めるに足りる証拠はいずれもなく、又右約二五日間に原告が腰部に本件事故以上の外力を受けた証拠もない以上、本件事故もまた前記症状発現の原因となつていると推認せざるをえない。
そして右のように本件事故が前記症状発現の決定的な原因となつておらず、既に種々の原因で椎間板が変性ないし脱出する基盤が作られていた(これは本件事故により腰部に作用した程度の外力により椎間板ヘルニアが発生した事実から推認される。)うえに、さらに右変性等しやすい状況を作り、約二五日経過して何らかの拍子に前記症状が発現したような場合においては、本件事故が右症状の発現に寄与した限度で因果関係を認めるのが相当であり、本件の場合、本件事故により腰部に作用した外力の程度、被告は本件事故前正常に稼働していたこと、原告は右発症当初その症状確認のためレントゲン撮影等による検査を受けるように指示されながら、これに従わなかつたこと等前記認定事実を総合して判断すると、本件事故は前記症状との間に五割の限度で因果関係があると認めるのが相当である。
(2) そこで、請求原因3(1)<6>、<7>の治療費合計金一四万五〇〇〇円の請求について検討するに、証人宮川嘉市の証言により成立の認められる甲第九、一〇号証及び同証言によると、原告は主張の期間宮川調整療院に通院してマツサージ治療を受け、右金額を支払つたことが認められる。しかし、原告は前記のように半田医師の指示に従わないで内密に右マツサージ治療を開始したものであるうえ、その治療効果も不明であつて、必ずしも前記症状の治療として相当であつたとはいえないけれども、前記半田外科医院退院時において原告の前記症状は重く、さらに治療を継続する必要があり、右医院に支出した治療費からすると、同治療のため少くとも前記金一四万五〇〇〇円は要すると認めうるから、同金額は右症状の治療のため必要な費用ということができる。
そうすると、右金額の五割に当る金七万二五〇〇円が本件事故による損害といえる。
2 逸失利益
(1) 成立に争いがない甲第一九号証によると、原告は昭和四八年金一一九万七二〇〇円(税金控除)だけの所得を得ていたことが認められ、右認定に反する甲第一一号証及び原告本人尋問の結果は右甲第一九号証に照らし信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そして原告本人尋問の結果によると、原告は原告主張の昭和五〇年一二月末までは前記治療及び症状のため稼働できなかつたことが認められるので、原告は事故の翌日の昭和四九年三月一八日から昭和五〇年一二月末まで右年間金一一九万七二〇〇円の割合による収入、即ち、昭和四九年三月一八日から同年四月一一日まで金八万三一〇〇円(119万7,200円×1/12×25/30、一〇〇円以下切捨て)、同月一二日から同年一二月末まで金八六万一二〇〇円(119万7,200円×1/12×19/30+119万7,200円×8/12、一〇〇円以下切捨て)、昭和五〇年金一一九万七二〇〇円合計金二一四万一五〇〇円の収入を失つたといえる。
そうすると原告は本件事故により右金八万三一〇〇円及び右合計額から同金額を除いた金額の五割に当る金額との合計額金一一一万二三〇〇円の収入を失つたことになるが、被告が内金九四万四八二八円を支払つているので、未払金は金一六万七四七二円となる。
(2) 原告には現在前記症状があり、鑑定人山根実作成の鑑定書には、同症状は適当な治療を行えばある程度改善すると推察される旨の記載があるが、具体的な治療方法、その治療効果、これまでの治療方法との相違等が全く不明であつて、右記載から直ちに右症状が改善可能であると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、かえつて原告の前記症状及び治療経過に照らすと、昭和五〇年一二月末には同症状は固定し、以後同症状が永続すると認めるのが相当であり、同症状の程度及び前記鑑定の結果に照らすと、原告は右後遺症により三五パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当であるから、昭和五一年一月から就労可能と推定しうる六七歳までの二七年間(原告は昭和一一年三月九日生)に喪失する収入の昭和五一年一月の現価をホフマン方式により計算すると、金七〇四万一三〇〇円(119万72,00円×0.35×16.8044、一〇〇円以下切捨て)となる。
そうすると、原告は本件事故により右五割に当る金三五二万〇六五〇円の得べかりし収入を喪失したといえる。
3 慰藉料
前記損害及び後遺症の部位、程度、前記治療経過、原告は医師らの指示した検査及びそれに基く治療を受けなかつたこと、本件事故は前記のように五割の限度で因果関係があること等諸般の事情を考慮すると、原告の被つた精神的苦痛を慰藉するには金一〇〇万円が相当である。
三 抗弁
1 過失相殺
被告主張の検査等の指示に従つた場合における具体的な治療方法、その治療効果、原告に対してなされた治療との相違等が全く不明であり、右指示に従つておれば原告の症状が改善されていたと断定しえないので、右指示に従わなかつたことを理由に過失相殺することはできない(しかし右事情は慰藉料算定の減額要素としては考慮しうる)。
2 損益相殺
被告が請求原因3(1)<3>ないし<5>の治療費合計金六八万三四〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがないところ、右治療費のうち五割に当る金三四万一七〇〇円は本件事故と因果関係がなく、これについては原告が負担すべきであるから、同金額を前記損害額合計金四七六万〇六二二円から控除すると、金四四一万八九二二円となる。
四 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告は本訴の提起及び追行を訴訟代理人である弁護士に委任し、弁護士費用の支払を約したことが認められるが、本件訴訟の経過、難易、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と因果関係にたつ弁護士費用は金四〇万円と認めるのが相当である。
五 結論
以上によれば、被告は原告に対し民法七〇九条に基き金四八一万八九二二円及び内弁護士費用金四〇万円を除いた金四四一万八九二二円に対する不法行為の後であり訴状送達の日の翌日である昭和五一年二月三日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 吉岡浩)